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よくある質問 塾長 丸山先生について

丸山先生が花マル塾をはじめた経緯について教えてください。

フィンランドに行って帰ってきて、まず塾のアルバイトを経て社員になりました。当時の塾が事業を撤退することになり、同じ場所で新たな塾をやらないかという打診を受けたのが2009年1月。準備期間を経て、2009年3月に開塾しました。

フィンランドでは何をなさっていたのですか?

NPO法人の主催する教員交換プログラムで1年間、現地の小中高に教員として入って授業を行いました。各地では一般家庭にホームステイして、本当にさまざまな経験をさせてもらいました。かなり深刻なトラブルもありましたが、なんとかなることを身体で学びました(笑)

トラブルって、例えばどんなことですか?

北極圏の地域で、冬にホームステイ先の家から追い出されたり…。(遠い目)

...またの機会にゆっくり伺いましょうか。では塾に話を戻して、それまでに教師のご経験は?

大学生の3年半、塾講師のアルバイトをしてました。大学卒業後は、どうしても入社したかったベンチャー企業に就職したので、教育に関する経験としてはアルバイト経験だけでした。

一旦社会人になって、再び塾講師を目指そうとしたのはなぜですか?

教育は社会のベースを作ることだと思っています。大切な仕事だと大学生の頃から思ってはいたんですが、フィンランドに行く前や滞在中は、帰ってから何をやるか、さほどはっきりした計画がありませんでした。このままじゃ帰国したら「丸山プー太郎」だなと思いつつ(笑)、ただ漠然と「社会をいい方向にしていくこと」で何かやりたかったんです。帰国して、まず何をやろうかと考えたときに、今までに経験があること、時間対給与、自分の興味のあることで選んだのが塾講師のアルバイトでした。最初から塾講師になることを目指したわけではないし、そのために会社を辞めてまでフィンランドに行ったわけでもないんです。当時は「自分で塾をやろう」とまでは考えていなかった。でも、塾講師の時に生徒から「丸山先生がいたら絶対にこの塾は生徒が増えるよ」と言われて、何か実感があったんですよ。やっぱり自分がやりたいことはこれだと。

「社会をいい方向にしていきたい」とは、どういう思いだったんでしょうか?

自分がやる仕事はなんでもよかったんです。ただし、極端にいえばギャンブルや風俗といったような刹那的な快楽を求める方向よりは、社会をよくしていく方向に関心がありました。世の中って、社会のひとりひとりみんなが作ってると思うんですね。別に職業に貴賎はないけど、社会全体の将来をよくしていく仕事に関わりたかった。
会社員だったときにストレスフルな日常は日々経験していたし、日本人が幸せと思えていないデータを見たりしたときに、今の日本はあんまりいい世の中とはいえないんじゃないかと思っていたんです。
 
社会を変えるというと大げさですが、ぼくは坂本龍馬の功績ってすごいなと思っているんです。あれは広い視野を持っていたから成したことだと思うんですね。自分も、広い視野をとにかく持ちたかった。その気持ちで海外に出ましたし、そこで得たものを社会に生かしたい思いもありましたね。

花マル塾を5年間やってみてどうですか?

そうですね。たくさんの生徒や保護者の方々に出会って、こちらの方もさまざまな影響や刺激を受けてきました。塾に入ってきた子の成績が上がっていくともちろん嬉しいですが、成績を上げることだけが花マル塾の目的ではないんです。
 
結局のところ、学力の高い学校に合格すること自体はあまり問題じゃなく、入学したり就職した先でどう頑張っていくかが問題であると思うんですよ。ぼく自身は、縁あって出会えた子どもたちに、社会人としての土台を作ってあげたい。
 
子どもたちはこれからいろいろな価値観に触れていく時期になります。どれが正しいかをぼくが言うことはないですが、世の中には多様な価値観があることを理解して、自分が何をどのように選択するか、判断する力をつけさせたい。それが一番の目標です。
 
 
ぼくが新卒で就職した会社は、ひとつの価値観を押し付ける傾向があったんですが、社会では往々にしてそういう面があると思うんですよ。例えば宗教であったり、かつての日本の「戦争=善」という価値観であったり。
 
押し付けられたひとつの価値観をうのみにするのではなく、いろいろな人と意見を交換したり、自分で新聞や本を選んで読んだりして、さまざまな価値観にまず触れてみる。そして、それぞれの価値観に関して自分はどう思うか。価値観について論理的、合理的な思考力があれば、流されずに自分で選択していける。それは常に意識してます。その力はせいぜい小中学校ぐらいまでにつけさせたい。その力がないまま、例えば論理的な思考力が必要となる高校の数学を勉強しようとしたって何にもならないから。

やはり小中学生ぐらいまでの学力が大事なんでしょうか。

勉強の土台を作る時期としてはそこが重要だと思います。例えば「勉強が嫌い」「自分は○○が苦手」という思い込みは、学年が低い方が少ない。こういった思い込みは学年が高くなるほど強くなり、勉強に対する垣根ができていってしまいます。「勉強は日常の延長」と当然のように思っている子は、自然になんでも吸収します。垣根がなければないほどやりやすい。構えずに、自然体でものごとを学べるのが一番いいんです。
 
ほんの一例ですが、円周率は3.14で、円周の長さを求める公式は「直径×3.14」です。いわゆる普通の勉強方法では、まずこの公式を教わって、計算の練習ばかりすることが多い。でも花マル塾では、身の回りにある丸いものの周りの長さと直径を、子どもたちがメジャーで実際に測ることから始めるんです。そして、円周がいつも直径の約3倍になっていることを子ども自身が“発見”していきます。
 
「勉強をするぞ。公式を覚えなきゃ」と思ってはじめるより、こういった日常での“発見”をすることによって、「あー、そうなんだ」と自然な気持ちで納得していった方が覚えやすい。花マル塾のやり方は、勉強を嫌いなものと思わずに学べる工夫をしています。
 
早く走るために100メートル走をひたすら繰り返す方法より、おにごっこで楽しみながら体力と知力をつけていく方法とも言えます。ある目的のために辛いことを何回も繰り返すよりは、いろいろ楽しんで体得していく。「勉強は苦手、嫌い、つまらない」という垣根を壊すんです。勉強は日常の延長にあって、生活と地続きであるものです。ここから勉強だ、と区切るものではないんですね。
 
「勉強は教科書の中で起きてるんじゃない! 日常生活の中で起きてるんだ!」

......。(気を取り直して)ハイ、続けます。確かに、昔から「勉強は勉強、遊びは遊び」と区別をつけるように言われてきた気がします。それが「けじめ」であるし、「めりはり」でもあると。だから教科書なども真面目でお堅い雰囲気だし、勉強に日常生活が入り込む隙間がないような気がするんですが?

日本ではそうですね。でも、フィンランドの教科書は勉強に日常生活が入り込みまくってますよ。例えば算数の教科書で角柱の体積を求めるのでも、コアラのマーチとか、お菓子の箱が画像で載っていたりします。日本だと、線と長さだけ書いてあって「体積を求めよ」っていう問題ばかりですよね。フィンランドではいろんなお菓子の画像が載っていましたねー。そういうのって、単純だけど楽しいじゃないですか。「次はポッキーの箱の体積を計算してみよう!」とか(笑)
 
先生に聞くと「フィンランドの教科書は、全部具体物で問題が作られているよ」ということで、それがフィンランドで受けた衝撃でした。勉強は垣根を越えたその先だけにあるものじゃなく、日常の地続きだということですね。

花マル塾のやり方は確かにいいと思うんですが、自分で試して答えを導き出すってかなり時間がかかりますよね。先に答えを(公式を)教えてもらった方が効率がいいし、塾ってそういうものだと思って来る人が多いのでは?

まさにそこなんです。さっきの円周率でいうと、自分でメジャーで測って、いろんなものの円周が直径の約3倍だと“自分で発見した子”は絶対に忘れません。逆に“公式を教えてもらった子”は、あれって何だっけ?と忘れることがかなりあります。記憶の定着が違うんです。だからこそ最初は時間がかかっても自分で発見しながら学んだ方がいい。長い目で見たら、絶対に効率がいいんです。花マル塾がやっているのはそういうことです。

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